三重大学博士課程学生支援プロジェクト

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研究者紹介

SPRING・フェローシップ制度研究者紹介

Researcher

生物資源学研究科
生物圏生命科学専攻

木藤 裕也Kito Hiroya

木藤 裕也
研究テーマResearch theme
 私の博士課程の研究では,ナマコの資源保全に向けたAI・IT等のデジタル技術を応用した研究開発を行っています。
 ナマコ(図1)は日本各地で漁獲され,三重県においても伝統的な海女漁の主要な漁獲対象種であり,人々の生活や文化にも密接に関わっています。しかしながら,近年では漁獲量の低下から資源量の減少が懸念され,令和2年には特定水産動植物に指定され違法採捕の罰則が強化されるなど資源保全の重要性が高まっています。
 しかしながら,ナマコの生態の多くは未解明であり,効果的な資源保全活動に必要な基礎的な生態学的知見は十分に明らかになっていません。この要因として,ナマコの柔軟で伸縮性が高い体の構造や,傷や異物に対する高い再生能力といった特徴によって調査研究が困難であることがあります。
 本研究ではこの課題に対して,近年急速な技術の発達が見られるAI・IT技術の導入を行っています。AIに用いられる深層学習(ディープラーニング)は,画像や言語といった複雑な情報を持つデータの中から関係性のある特徴を抽出することが可能です (図2) 。また,3Dプリンターを用いた造形では,金属の鋳型といった専門的な機材を使用せずに3Dモデルの作製・修正が可能であり,三次元的な造形を迅速に行うことが可能です。これらのデジタル技術の応用によって,ナマコを対象として主に「体サイズ測定システムの開発」,「個体識別法の研究」の研究を行っています。

図1 マナマコ Apostichopus armata

図2 AIを用いた画像解析モデルのイメージ

研究内容の概要Overview
・体サイズ測定システムの開発
 ナマコの体は高い柔軟性を有しており,水中からの取り上げや触れた際の刺激で大きく収縮するため,正確に体長を測ることが容易ではありません。また,重さに関しても体内に大量の海水を取り込むことや,餌と同時に多くの海底の砂などを飲み込むため,測定する条件によって体重は大きく変動します。そのため,成長の指標になるような体サイズを測定することが困難となっています。本研究では,ナマコの画像解析AIモデルを開発し,ナマコの画像を学習させることで,どのような状態のナマコからでも客観的な指標となる体サイズを推定するAIの開発を行っています(図2, 3)。

・個体識別法の研究
 ナマコは傷に対する再生能力が高く,数センチ程度の傷は1日から数日で再生するとされています。このため,従来から魚類等で用いられている標識(プラスチックタグ)を体に取り付ける個体識別法では,脱落や体内への埋没等によって標識の識別が困難になり,長期間に渡っての個体識別法が確立していないことが課題となっています。
 本研究では,3Dプリンター造形を用いたナマコに適した標識開発と、デジタルカメラ画像による外観的特徴を用いた個体識別AIの開発を行っています。
 標識開発研究では、一般的な標識よりナマコに適合した標識開発を目的として,独自の形状の標識を考案し,3Dプリンター造形を用いて開発を行いました (図4) 。考案した標識を装着した飼育試験では,既存の標識を上回る高い保持率の標識形状が明らかになりました。標識を用いないデジタルカメラ画像による個体識別の研究では,ナマコの外観的特徴を学習するAIモデルを開発し、デジタルカメラ画像から個体に特徴的な要素を解析することで,標識装着を伴わない非侵襲的な個体識別法の開発研究を行っています。

図3 変形した同一個体を撮影した画像とAIによる解析の結果
赤い領域はAIが注目している箇所。伸縮や移動に関わらずナマコを含む領域が識別されている

図4 3Dプリンターを用いた独自形状の標識開発

研究成果をどのように社会に役立てるか
(還元の構想)Giving back to society
 ナマコは日本や三重県における重要な漁獲対象種であり,科学的知見に基づいた効果的な資源保全活動が喫緊の課題となっています。
 ナマコの持つ高い柔軟性や再生能力等の特性は,生態学的調査研究を実施する上での課題となっていますが,本研究ではAIやIT技術を応用した新たな研究手法を開発することで,研究が困難であったナマコの生態調査の実施が可能となります。このようなナマコの研究手法の確立は、今まで十分に明らかにされていないナマコの野生個体群における成長や季節的な移動、再生産、資源動態といった様々な天然資源の保全・把握に寄与し、日本各地や世界的なナマコの生態調査研究の発展に寄与することが期待されます。
 また,本研究の展開として,三重県志摩市の漁港において水揚げ調査を行っています (図5)。実地調査では,本研究で開発を行っているナマコの体サイズ測定システムを用いることで、天然資源動態の解明を目的として調査を行っています。本研究で開発した研究手法によって,天然資源を科学的に分析することが可能となり,資源保全活動の策定に寄与することが期待されます。
 本研究の特徴は,AIやITといったデジタル技術の応用による水産分野での研究技術開発に積極的に取り組んでいることです。水産分野でのAI応用研究は、その可能性の高さから大きな注目を集めています。ナマコの生態調査研究において本研究が示した研究成果は、幅広い生物種でのAI解析技術の応用の可能性を示し、水産分野全体でのAI技術のさらなる発展と応用の促進に貢献することが期待されます。

図5 三重県志摩市の漁港でのナマコの水揚げ(左),水揚げされたナマコの実地調査(右)

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