研究者紹介
Researcher
生物資源学研究科
共生環境学専攻
佐野 美憂Sano Miyu
- 研究テーマResearch theme
- 竜巻による気象災害は陸上竜巻によるものが主に注目されているが,竜巻は海上でも災害をもたらす.例えば,2015年9月1日に対馬沖で6隻のイカ釣り漁船が転覆し,5名の乗船員が死亡した事故があったが,海上竜巻が原因として推定されている.従来の海上竜巻の研究の課題点として,沿岸から離れた海域で発生する海上竜巻の観測例は少なく,その発生要因の解明は十分でないため,その発生メカニズムは必ずしも確立されていないことが挙げられる.つまり,多様な海上竜巻の発生メカニズムを理解するためには,海岸線からは目視できない場所で発生した事例を解析することが重要であると考えられる.そのため,本研究のテーマは,海岸線から観測することができない場所で発生した事例の発生メカニズムを解明することである.
- 研究内容の概要Overview
- 2019年6月5日に熊野灘で三重大学附属練習船勢水丸の上から海上竜巻であった可能性のある漏斗雲(図1)を観測した.漏斗雲とは,雲底から垂れ下がる柱状の雲であり,しばしば竜巻に伴って発生する.現地観測データの解析とシミュレーションに基づき,本事例の発生メカニズムの解明することが本研究の目的である.
海上竜巻は,tornadic waterspoutとfair-weather (or non-tornadic) waterspoutの2つに大きく分けられる(Miglietta,2019).前者は,積乱雲内の低気圧性の渦であるメソサイクロンを伴い,風の 鉛直方向の吹き方の違い(鉛直シアー)がその発生に重要と考えられている.一方で,後者はメソサイクロンを伴わず鉛直シアーが弱い環境場で発生する.一般的に,局地前線などの風の水平シアーに伴う鉛直渦が,積乱雲に伴う上昇流によって引き延ばされて強まることが,その発生メカニズムと考えられている.本事例の現地気象は降雨や強い風が吹いておらず,メソサイクロンを伴わないためfair-weather waterspoutに分類される.
本事例の漏斗雲の高度は,現地観測データから海上500mと推定された.水平解像度1kmでシミュレーションされた海上500mの鉛直渦度場には,観測地点近傍で正負の渦度の極大が並列する構造がみられた.この構造の形成には,東西風の鉛直シアーに伴う水平方向に寝た渦が,上昇流と下降流が北東-南西方向に交互に並ぶ分布によって立ち上げさせられることによって渦が強まる効果が寄与していた.後者の鉛直流分布は海上1500mに存在した力学的に不安定な層によって鉛直方向にトラップされた内部重力波に伴っていた可能性が示唆された.本事例はfair-weather waterspoutでありながら,渦を立ち上げさせる効果が渦度形成に最も寄与していたことが特徴である.図1 2019年6月5日に熊野灘で観測した漏斗雲
- 研究成果をどのように社会に役立てるか
(還元の構想)Giving back to society - 私の将来的な目標は,『海上竜巻注意情報』の創設である.気象庁が発表している竜巻注意情報の範囲は,日本の陸上および沿岸近くのみであり,沿岸から離れた海域は範囲外である.もし,こうした海域で発生する海上竜巻も含めた注意情報発令システムが実現すれば,安全な漁業や海上輸送に大きく貢献できる.安全な漁業の実現は,計画的かつ効率的な漁業生産につながり,SCDs の 1つの目標の「14 海の豊かさを守ろう」に貢献すると考える.また,脱炭素社会実現に向けて,洋上風力発電が注目されているが,海上竜巻による突風や巻き上げられた物体によって,風車が破壊される恐れがある.このため洋上風力発電の設置や運用にとって,海上竜巻を考慮する必要があると考える.さらに,国土交通省で行われているCO 2削減策の1つに,モーダルシフトがある.これは,輸送手段を自動車や航空機から,CO 2排出が圧倒的に少ない鉄道や船舶にシフトすることである.このシフトを推進し,脱炭素社会を実現するためには海上輸送の安全が欠かせない.私の研究は,こうした洋上風力発電やモーダルシフトにとっても重要であり,SCDs の「7 エネルギーをみんなに そしてクリーンに」に貢献できる.これらを通じて,持続可能な社会の実現に役立てたい.