研究者紹介

Researcher

生物資源学研究科
資源循環学専攻

松永 寛之Matsunaga Hiroyuki

松永 寛之
研究テーマResearch theme
 樹木の幹枝の表面は樹皮によって覆われている.植物生理学分野において,樹皮の研究事例は樹冠の葉や根といったほかの組織と比較して非常に少なく,樹木の生育において果たす役割が十分に解明されていない.
 主に死亡した組織で形成され樹皮の外層を占める外樹皮は液相水や水蒸気の透過性が低いとみなされており,この外樹皮を介した幹枝表面での水分の獲得と損失は根での吸水による水分獲得や樹冠葉での蒸散による水分損失と比較して量的に小さく,樹木の水動態に及ぼす影響も微小であると考えられてきた.しかし,近年では樹木の幹枝表面での水分の獲得と損失が樹木の水動態に影響を及ぼすことが発見され,この現象が樹木の水動態と森林の水循環に及ぼす影響が注目され始めている.一方で,幹枝表面での水分の獲得と損失に関する研究事例は依然少なく,この現象が幅広い地域や樹種で生じる現象であるかどうかや,樹種間における水分の獲得量と水分の損失量の差異の要因は解明されていない.
 樹木の外樹皮の厚さや表面粗度,剥離の頻度などの形状と組織構造は樹種ごとに大きく異なり,数少ない研究事例の中で外樹皮の形状や組織構造が幹枝表面での水分の獲得と損失に関与していることが示唆されている.そのため,外樹皮の形状と組織構造が外樹皮表面での液相水の吸収,水蒸気の吸収と放出に及ぼす影響を解明することが,樹木の幹枝表面における水分の獲得と損失を解明する糸口であると考えた.
研究内容の概要Overview
 現状,樹木の幹枝表面における水分の獲得が確認された樹種は少なく,特に生きた樹木における観測事例は樹種や地域の偏りが大きかった.幹枝表面における水分の獲得と損失に外樹皮の形状と組織構造が及ぼす影響を解明する上でも,より幅広い地域や樹種でこの現象の観測事例を増やす必要がある.
 熱帯地域に生育する樹種において生きた樹木における幹枝表面での水分の獲得の観測事例が存在していなかったため,タイ北部の熱帯モンスーン林に生育する落葉広葉樹チーク(Tectona grandus)の生きた樹木を対象とし,生きた樹木における幹枝表面での水分の獲得と損失が生じるかどうかを確認した.チーク立木の野外観測により樹幹の貯水量,樹冠での蒸散,根での土壌水分吸収の季節変動を観測した.その結果,樹冠がほとんど落葉し,根での吸水が停滞していた乾季において降雨に反応した樹幹貯水量の増加とその後の減少が観測された.このような乾季降雨後の樹幹貯水量の変動の原因が幹枝表面での水分の吸収と放出であるという仮説を立て,仮説を検証するためにチークの樹皮片の外樹皮表面より液相水を吸収または水蒸気を吸収・放出させる室内実験を行った.その結果,室内実験に用いた樹皮片の含水率の増加または減少が生じたため外樹皮表面での水分の吸収と放出が生じることが確認され,仮説が支持された.これらのことより乾季降雨時の樹幹貯水量の増加と減少が外樹皮表面での液相水・水蒸気の吸収と水蒸気の放出であることが示され,熱帯樹種における生きた樹木の幹表面での水分の獲得と損失の観測に世界で初めて成功した.

図1. チーク樹皮の横断面とリチドームの樹皮の概略図(黒線:外樹皮,白線:内樹皮,黒矢印:剥離)

図2. ブナ樹皮の横断面と単層構造の樹皮の概略図(黒線:外樹皮,白線:内樹皮,白矢印:皮目)


 また,先行研究において幹枝を覆う外樹皮の形状や組織構造が幹枝表面での水分の獲得と損失に及ぼす可能性が指摘されているが,その詳細は解明されていない.外樹皮の組織構造は,外樹皮が周皮と師部組織の交互層であり厚く脆いリチドーム(図1)と外樹皮が薄く剥がれにくい周皮の単層構造に大別できる(図2).それぞれの外樹皮を有する樹種の代表としてチークと冷温帯落葉広葉樹ブナ(Fagus crenata)を選択し,各樹種の樹皮の外樹皮表面より液相水を吸収させる実験,水蒸気を吸収・放出させる実験を行い,外樹皮表面での液相水の吸収と水蒸気の吸収と放出を評価し比較した.
 その結果,チークの樹皮では外樹皮の剥がれた部分において液相水の浸入が生じることが判明し,表面が滑らかで剥がれにくいブナの樹皮では外樹皮表面全体において液相水の吸収が生じにくいことが判明した.このことより,外樹皮の剥離頻度の樹種間差が外樹皮表面での液相水の吸収に影響を及ぼす可能性が示された.
 チーク樹皮の方がブナ樹皮より樹皮片含水率の低下による外樹皮表面の水蒸気透過性の低下が大きい且つ,樹皮片含水率の変化にともなう外樹皮の収縮が大きかった.外樹皮の収縮は表面と内部に存在する孔隙や亀裂の縮小をともない,外樹皮表面の水蒸気透過性を低下させると考えられる.チーク樹皮の外樹皮はリチドームであり,その内部の親水性組織が収縮するため,乾燥時の外樹皮の収縮と水蒸気透過性の低下が大きかったと考えられる.一方でブナの外樹皮は周皮の単層構造であり,水分親和性の低い周皮の収縮が小さいため,乾燥時の外樹皮の収縮と水蒸気透過性の低下が小さかったと考えられる.
 以上より,樹種ごとの外樹皮の形状と組織構造の差異が幹枝表面における水分の獲得と損失に影響を及ぼす可能性が示唆された.
研究成果をどのように社会に役立てるか
(還元の構想)Giving back to society
 樹木の幹枝表面における水分の獲得は乾燥時期に樹木が受けるストレスを緩和に貢献していると考えられている.また,幹表面における水分の損失は,落葉期における樹木全体の水分の損失の大半を担う.そのため幹枝表面での水分の獲得と損失の評価は樹木における乾燥ストレスに対する耐性を評価することにつながる.温室効果ガスの増加にともなう気温の上昇により,地域によっては乾燥ストレスの増加が生じる.森林生態系において重要な役割を担う樹木の将来の気候変動への対応能力を評価する上で、樹木のストレスへの耐性に関わる幹枝表面での水分の獲得と損失の解明は重要である.
 また,森林における降雨の一部は樹木の幹枝表面において吸収または保持される.これらの現象は森林から河川への降雨流出量の緩和に貢献しており,森林の持つ災害防止機能の一端を担っている.集中豪雨などの異常気象の増加に対する森林の災害防止機能を評価する上で森林の水循環のより詳細な把握が必要となり,幹枝表面での水分の獲得と損失の解明が重要である.
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